宇都呂地区は、魚津市の山中、角川の上流に位置していた集落です。(→GOOGLEマップ)
角川ダムをさらに奥に進み、みのわ地区と古鹿熊地区の分岐地点の右岸尾根上に存在していました。
戦後、昭和中期に廃村となりました。
集落か農地の一部が、かつてキャンプ場として利用されていたみたいです。アプローチに古い看板があります。
何の踏み跡だかわからない道を登ります。
行き着いた先は尾根の少し下です。
階段状に連なった人工的な平地の法面のところどころから、石組みの跡が見えます。
整地された地面上にはシャガがたくさん生えていました。
この植物は人が持ち込んだ帰化種なので、山の中でもかつて人が住んでいた場所によく見られます。
かつては田畑だったのかもしれません。
尾根に向かいます。
登り切った先が上が宇都呂地区、そのさらに北が松倉城址です。
集落跡まで行きたかったのですが、あきらかに獣の気配がしたため、この時は引き返しました。
いずれリベンジしたいですね。
対岸から眺めた廃村・宇都呂地区。
「うつろ」という響きに、空ろさ・虚ろさ・移ろいなど、さまざまな感覚を呼び起こされます。
このように、古くからあるカッコいい地名が一つ一つ消えていく過程を、この国では
「近代化」
と呼んでいます。